こんにちは!
当ブログにお越しいただきありがとうございます。
この記事では、わたしが第2子の息子を出産後、母乳が出ないことに苦しみもがきながら完母になるまでをつづっています。
はじめて立ち寄ってくださった方は①もぜひお読みください〜♩


まずは、第1子の娘を出産した時の話
さて、まずは・・・
母乳への想いを語らせたら長いんですが、娘の時のことから書いていこうと思います。
そこから!!
と思った?
思ったでしょ・・・。
でも、わたしの「授乳ババア物語」は、娘のときから始まっているのです。
娘を産む前はほとんど母乳育児の知識がなかった
わたしのような人は今も多いんじゃないかと思います。
だからこそ、今一人でも多くのお母さんに伝えたいという思いがあるのですが。
第1子である娘を産んだ時、完母で育てることに特にこだわりもなければ、母乳育児についての知識もありませんでした。
そう、おっぱいは赤ちゃんを産めば勝手に出るものだと思っていたのです。
授乳期が終わった時に胸がぺっちゃんこになるのが嫌な人や、産後早くから保育園や人に預ける必要がある人が粉ミルクを使う・・・というふうに、
母乳でいくか、粉ミルクでいくかは、お母さんの自由な意思によって決められているのだと思っていました。
粉ミルクは、母乳が足りない時のためのものだという発想自体がなかったのです。
娘を出産後~退院まで
娘を産んだ病院は、産後翌日から母子同室で、泣く度におっぱいを吸わせ、吸わせる度に赤ちゃん用の体重計で体重を計り、哺乳量を記録用紙に書く。そして足りない分ミルクを足す。というスタイルでした。
退院するまで、直母量(おっぱいを直に吸って飲めた母乳の量)はゼロ、ゼロ、ゼロ・・・の更新。
吸わせ方がこれでいいのか分からない・・・。
何これほんと腱鞘炎になる・・・。(実際、退院後に腱鞘炎になりました)
ねえ、偉い人たち、中学や高校で、普段生活するのに使わない数学の公式や喋れるようになってもいない英語とかより、授乳の仕方を教えた方がいいんじゃないの?
ちょっとそこの文部科学省とか厚生労働省の人たち!!
と、当時本気で思ってました。
すべての女性が出産するわけじゃないから、中高で全員に教えるのも・・・とか言う人がいるかもしれませんが、数学の公式を毎日使う人より絶対授乳する人の方が多いから。ってこの時は本気で思ってたなぁ。
わたしなりに一生懸命勉強していた学生時代。
だがしかし
わたしは今、授乳の仕方がわからない!
姿勢が!
くわえさせ方が!!
コツが!!!
わたしは今まで一体何を勉強してきたんだ!!!!
(勉強ばっかりしていたような書き方をしていますが、たいしてしていませんw)
とにかくこの時、それまでの人生で最大に、何かについて学びたいと思いました。
おおげさと思うかもしれませんが、本当にすごく学びたかった。
結局、入院中に計った娘の哺乳量の最高値は、たったの4g。
その時、それまでの数日間で初めて、けっこう長く吸ってくれた感じがして、期待して計った結果が4g。
その時のわたしはたぶん、「ショックを受けた女」という言葉を説明するページの挿絵にしたらいいような顔をしていたと思います。

4gですよ?
小さじ1杯にも満たんがな。
昼も夜も泣き止まない初めての赤ちゃんを前に、自然と泣けてきました。
いやむしろ、その時のわたしにとってはか弱いフニャフニャの生命体という表現の方がしっくりきたな。
そんな感じで、徐々に入院中から、徐々に頭の中が
おっぱい、おっぱい、おっぱい・・・。
産んだら勝手に出ると思っていたから、それまでおっぱいについて何も考えたことがなかったのに、気付けばおっぱいが頭の中のほとんどを占めるようになり、授乳ババアと化していました。
赤ちゃんにとっての唯一の栄養源、おっぱい。
おっぱいを飲まないと死んでしまうのに、
(注:産後のホルモンバランスの影響で思考が極端になっております)
その栄養源の確保がうまくいってない状態で、わたし達は退院させられる・・・。
え?
大丈夫?
この子死なない?
明日からこの子の栄養はどうなるの?
※そんな時のために粉ミルクというものがあります

お金払うから授乳がうまくできるようになるまで入院させといてくれ!!
産後数日で退院させるシステム自体おかしいだろ!!
という心境で退院したのでした。
桶谷式母乳相談室との出会い
退院後、数日経ってもミルクに頼りっぱなしの日々。
検索魔になっていたわたしは、ネットの中で「桶谷式」という言葉を知りました。
(恥ずかしながら、それまでは聞いたこともありませんでした)
母乳を出すためにそこまでしなくてもいい、と考えている人からは、しばしば揶揄されることもあるようですが、当時のわたしは藁にもすがる思いで、自宅近くの相談室を訪ねました。


桶谷式母乳相談室では、助産師資格を持った方が手技(おっぱいマッサージ)をしてくれたり、授乳について相談・指導を行ってくれます。
そこで桶谷式の先生の手技を受けながら、最初に言われたひとことが本当に本当に大きかったです。
「あら、いいおっぱい!大丈夫よ、母乳だけでいけるおっぱいですよ」
このひとことに支えられて、その後の娘のおっぱいライフ、そして息子が完母になるまでの日々も「絶対母乳で育てられる」と自信を持って過ごせました。
その後も桶谷式母乳相談室には4か月くらいまで2週間ごとに通い、マッサージを受けておっぱいの状態を管理してもらいつつ、毎回先生の優しい言葉に自信をもらって帰るという、まさにおっぱいライフのかかりつけ医という存在でした。
そして娘の断乳の日を迎えた
娘の断乳をした1歳2か月の時、



本当にあの時頑張ってよかった。
くじけずに吸わせ続けてよかった。
あの日々があったから、1年2か月もの間、母乳育児を趣味とし(笑)、幸せなおっぱいライフが過ごせた・・・
と思いました。


この、娘を完母で育てた!という経緯から、息子についても完母でいける!
いや、完母でいく!!
という激しめの思いが固まってしまっていたのです。
(続く)



